2008年04月07日
お久しぶりの久々です。 店長の竹本です。
いろいろありまして、・・・言い訳はやめにして、長い間お休みしましてどうもすみません。
書きたいことは山ほどありますがとにかく春なのです。
梅、桃、桜、と咲いては散り、咲いては散りと、人の出会いと別れを感じさせます。
桜がほぼ満開になったのでいつもの裏山へいつものアングルで写真を撮りに行きました。
行く途中満開の桜や桃、シャッターを切った側にはうす紫のツツジも咲いていました。
春にしては少々彩りに欠けますがこれがありのままの我がふる里、春の盛りです。(トップ画像見てね。)
後ろは霞がかった瀬戸大橋です。
今年は瀬戸大橋開通20周年 我が家のだし醤油販売と同じ、ハイ・・ヘヘ
来週4月13日には橋の上でいろいろなイベントが行われます。
マラソン、ウオーキング、・・・ああ 父が元気だったころを思い出しました。
20年前の瀬戸大橋の通り初め(瀬戸大橋を歩こう)に伴なって我が商工会議所青年部が橋上で警備を担当することになり、メンバーをどうするか?連絡をどうするか?
当時はまだ携帯電話がなかったし市民無線はかなり混信するだろうということで、アマチュア無線愛好家が一役かうことになり、当時よく出ていた高校の後輩たちに声をかけJR5PGKリーダーとするメンバー10人ほどに集まってもらいました。
警備にアマ無線を使うのは電波法違反の声もあったのですが世のため人のために使うんだ。
青年部部長も同じ高校の先輩で「ここは俺が責任を持つ!」と水尾部長の後押しもあって、それゆけ!GOGO!!となり当日は 同窓会のようになりました。
1人、1人が 橋の上で 2・300mおきに並んで待っていますと向こうからものすごい人の山がおしよせてきました。
しばらくすると人の山がわれわれを呑み込んでいきました。
さらに少し経ったころから、「Cポイント 赤い帽子の女の子、5歳くらい迷子発見、子供は確保してます。」
「Hポイントお年よりが座り込んで動けなくなっています。・・・脱水症状気味。誰か水!」などなど無線がはいります。
もしかしたら家のおやじかも?と心配しましたがなんのなんの。その日はやけに元気で腰痛もなく、与島折り返しのコースを(もう一生に一度のことだからと)勝手に強行変更して向こう岸の児島まで行ってしまったようです。
帰りは船で「橋越しに見る夕日がやけにきれいだった。」と瀬戸内海を渡りきった満足感もあってか、あのおやじが大変 喜んでいたのが昨日のように思いだされます。
その父も4年前にかえらぬ人となりました。
生きていたら今回も参加して、向こう岸まで歩かせろ!などと警備員をこまらせたことでしょう。
この日は一日中てんてこ舞いでしたが、かなり世のお役に立てたようで部長さんからおほめの言葉をいただきました。
20年。早いですね~ なつかしいですね~
散る桜 残る桜も 散る桜
散るまでは力いっぱい行くで!
な!おやじ☆